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28歳で会社を辞めました。退職を一度撤回し、再び退職交渉をした話。

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3月はは転職や退職が活発になる時期ですね。

私も最初の転職はこの時期でした。

少し昔話をしようと思います。

 

特に将来を考えていなかった学生時代

私は地方の私立大学出身で、在学中はアルバイトに明け暮れる平凡な大学生でした。

成績も下から数えるほうが早く、同級生の友人たちのおかげで卒業できたようなレベルでした。

就職活動には力を入れていたものの、結果的に内定をいただいたのは1社からのみでした。

内定をいただいたのは建設業でそこそこ規模の大きい会社だったこともあり、そこですっぱりと就職活動を止めることを決めました。

学生時代の成績と仕事は別だと考え、社会人生活で少しでも良いスタートを切ろうと思い卒業するまでの間は遊びも控え、資格の勉強に励みました。

私はその会社へ入社し絶対に他の同期の誰よりも偉くなってやろうと、右も左もわからない土地で鼻息荒く仕事に取り組んでいました。

 

入社して1年間は研修生として様々な現場でOJTを受けました。

そして1年間の研修期間を経て、私はとある商業施設のプロジェクトを担当する作業所へ配属となりました。

しかし、その現場所長が陰湿なタイプのパワハラ上司で精神がすり減るような辛い日々が3年ほど続きました。

信頼できる先輩にフォローしてもらえた事もあり、当時は会社を辞めたいと思う気持ちはさほど大きくはありませんでした。

それよりも成長していつか見返してやろうという気持ちのほうが強かったように思います。

そんな矢先、信頼していた先輩社員も現場所長のパワハラに耐えかねて会社を辞めてしまいました。

取り残された私は心が折れかけてしまい、この時に初めて転職サイトに登録しました。

 

 

突然の異動と転職活動

入社5年目に、幸運にも私は別の現場への異動が決まりました。

複合ビルの竣工プロジェクトで私はその作業所へ配属されることとなり、ついにパワハラ上司の支配下から離れることができました。

新しい現場はそれまでとは真逆の環境で、優秀なメンバーの多い中で働くことができ人間としても成長できたと実感しています。

職場としては非常に恵まれた環境ではありましたが、他の大手企業に勤める同級生に比べると私の年収が一番低いことを知り、登録していた転職サイトで本格的に転職活動を始めました。

転職活動では面白いように内定をもらうことができ、私の出身大学では新卒では入れないような企業からもたくさんオファーがありました。

そして悩んだ末に大手メーカーのオファーを承諾することに決めました。

転職エージェントを通じて入社する旨を報告し、いざ退職交渉を行う時がきました。

 

退職交渉は転職活動の中で一番パワーの必要な作業だと思います。

あれだけ会社を辞めようと心に決めたにもかかわらず、なかなか上司に切り出せず時間だけがズルズルと過ぎてしまいました。

報告が遅くなると逆に迷惑をかけてしまうと思い、勇気を振り絞って上長を呼び出し退職の意向を伝えました。

どんな社員だろうと会社からの引き留めは必ずあるもので、私の場合も例外ではありませんでした。

私は根気強く課長や部長と話し、退職することを承諾してもらいました。

 

 

会社を辞める事の恐怖が襲ってきた

退職交渉が終わって2週間が過ぎた頃、私は退職することへの恐怖が日に日に大きくなっていることに気づきました。

恵まれた環境から自ら出て行くこと、新しい職場で上手くやっていけるかという不安など、自分に自信の無かった私はその恐怖に気付かないフリをする事が既にできなくなっていました。

そしてタブーを犯してしまいました。

退職を撤回したいと上司に伝えたのです。

自分勝手な選択にも関わらず、当時のメンバーは今までと全く変わらない態度で私と接してくれました。

自分の居場所があるという事のありがたみを心から感じた瞬間でした。

 

退職を撤回するとなると、内定を承諾していた転職先へも辞退の連絡をしなければなりません。

担当してくれた転職エージェントに辞退の旨を連絡すると、オフィスに来て欲しいと呼び出しをくらいました。

何を言われるか本当に怖くて、震えながらエージェントのいるオフィスを訪ねたのを今でも覚えています。

担当してくれたエージェントとその上司から考えを改めて欲しいという話を2時間ほどされました。

私は変な言い訳をせず、やはり転職できない、本当に申し訳ないの一点張りでその場をやり過ごしました。

決してお互いに気分の良い終わり方ではありませんでした。

内定をいただいた会社にも迷惑をかけてしまったと本当に反省しましたが、今の現場でもう一度頑張ろうと心に決めました。

 

それから1年が過ぎる頃、担当しているプロジェクトの終了の時が刻々と近づいていました。

次はどんな現場に行くのか、どんな人たちと一緒に働くのか期待と不安が入り混じった気持ちでした。

時を同じくして、別の転職サイトで登録していた担当エージェントから総合商社の求人を紹介してもらいました。

私にとっては寝耳に水で、退職撤回以降ぱったりと転職活動をやめていましたが、その企業にエントリーする事にしました。

複数回の面接を経て無事に内定を獲得しました。

提示された給料は今までの1.5倍で福利厚生も申し分なく、日系企業ではトップクラスの待遇でした。

お金の面だけではありませんが、より高いレベルで優秀な人たちと働いてみたいという気持ちが強くなり、今度こそ私は転職する決意を固めました。

 

いざ、2度目の退職交渉

上司と2人きりになるタイミングを見計らっていましたが、またもや言い出す事ができず1ヶ月が過ぎてしまいました。

転職エージェントからも退職交渉はまだ終わらないのかと催促を受ける始末です。

ある日、直属の上司が夜間工事を担当することになり、絶好のタイミングと考えた私は夜間工事中の上司のもとを訪ねました。

オフィスに向かうのに怖くてなかなか足が進まず、会社に着いてから1時間ほど喫煙室にこもって一生懸命セリフを考えていました。

ようやく決心がつき地上49F行きの高層エレベーターに乗りました。

いつもはあんなに長いエレベーターも、この時は一瞬で49Fまで着いてしまいました。

震える手でオフィスのドアノブを回すと鍵がかかっていました。

休憩時間で夕食を食べに行っているようでした。

少しホッとした気持ちもどこかにありましたが、上司が戻ってくるまで会社の周辺を散歩することにしました。

当時の職場は最高に立地がよく、フォーターフロントのビルが立ち並ぶオフィス街でした。

川沿いを歩きベンチに腰をかけてタバコに火をつけ、缶コーヒーを片手に好きだった景色を目に焼き付けていました。

タバコをギリギリまで吸って、どこか吹っ切れた気持ちで再びオフィスへ足を運びました。

 

最初は嘘をつこうと思っていました。

2回目の退職交渉で言い出しにくかったのもありますが、親の介護だったり家業を継ぐ事だったり…

でも正直に言いました。

『一度しかない人生なのでチャレンジしたい』と。

会社には本当に恩を感じていたので、最後まで真摯に向き合いたいと思いましたし、嘘はつけない性格なので正直な気持ちを伝えました。

2回目の退職交渉はタイミングが良かったこともあり、案外すんなりと受け入れてもらえました。

私はその会社を去るその日まで全力で働きました。

 

 

私が転職を勧める理由

当時は凄く若かったなと思います。

一つの出来事に一喜一憂して、視野が狭かったこともあり目の前の事に必死で生きていました。

私の場合、結果的に転職した会社も良いところでしたが、退職の撤回など無駄に周りを巻き込んで迷惑をかけるだけなので本当はやってはいけません。

 

転職したいけど最初の一歩が踏み出せなず、愚痴や不満ばかりが増えている人はサラリーマン時代から本当に多いように感じます。

自分が辞めると周りに迷惑がかかる、給料が下がるかもしれないなど不安は人それぞれです。

会社なんて優秀な人が抜けても案外その穴は埋まるし、意外と上手く回るのが組織です。

今の時代、探せばいくらでも条件の良い求人があるし理想的な働き方ができる企業もたくさんあります。

まずは自分の目で見て、実際に動いて、それでも今の会社が良いと思えば現職に残ればいいし、思い切って転職してみるのも良いと思います。

一つの会社に勤め上げるのは本当にすごい事ですし、そんな我々の先輩たちが今日の日本を創ってきたのだと感謝しなければなりません。

今や時代も変わって転職は当たり前となり、終身雇用で定年まで社会保障を受けられる時代は終わりました。

ひとつ確実に言えるのは、転職するほうが絶対に大変ということです。

新しい環境で人間関係は一からやり直しで、社内ルールを初めから覚えて勤務地や住む場所も変わります。

人間は弱いので楽なほうに流れてしまいがちです。

それでも私が転職を勧める理由は、これからも目まぐるしく変化していく時代に取り残されないよう、常に自分自身が変化していく必要があると考えるからです。

もちろん転職はひとつの手段にしか過ぎません。

出世や職を変える事がゴールではなく、多様な価値観やスキルを身につける事で人間力を磨いていかなければなりません。

もし今、現職の働き方や待遇に少しでも不満があるなら、その違和感を決して見過ごしてはいけません。

あなたの人生を良くできるのはあなただけです。

 

長くなりましたが、私が伝えたいのは勇気を出して飛び込んでみたら案外上手くいくよって事です。

 

私が独立するまでの話はまた近日お話しします。